その日、V奪還の報を携えて、名将が ふたたび岡山を訪れた。今年で7年目となる「秦建設」セミナーへの「凱旋」。初春の歓喜、その後のコロナ禍、めまぐるしく変化し続ける競技環境。リーダーとして原監督が抱く想い、これからの展望を尋ねた。
各校の戦力が拮抗し「戦国駅伝」と呼ばれた2020年第96回箱根駅伝。2年ぶり5度目の総合優勝を果たしたのはフレッシュグリーンの襷・ 青山学院大学だった。すべての区間にドラマが生まれたが、なかでも原監督が「流れを引き寄せた」と振り返ったのが往路四区。走者は四年生にして箱根デビューとなる吉田拓也選手。新チームが始動した当初、原監督は「今季の四年生は頼りない。下手するとシード権(10位以内)も危ない」と酷評していたが、1年後その選手たちによって5度、宙に舞った。吉田選手は、勝利への流れを引き寄せた区間新記録の走りを見せた。「ダメダメ世代」と呼ばれてきた四年生のひとり。辛辣なファンから「11番目の男」と呼ばれた吉田選手の快走に原監督は「うちの4年生は強かった」と最大限の賛辞を贈った。
しかし、その後コロナ禍によって生活様式は一変する。町田寮で選手と一緒に寮生活を送る原監督と美穂夫人は、あえて閉寮せず、「チーム全員でこの難局を乗り切ろう」と大学や保護者の理解を得たうえで、共同生活を続ける道を選択。それはリーダーとして覚悟を秘めたうえでの決断だった。「決めたからには、さまざまな行動規制を課しました。ただそれでもノーリスクにはなり得ない。なり得ないが自分たちがやるべきことは責任を持って取り組む。 その意思をもとに寮生活を続けています」と原監督。幸いにも現時点では部員全員が無事に競技生活を送っている。
最後に原監督の次なる想い。 残りの指導者人生。尖った選手をどう育成できるか。マニュアル化だけでは生み出せない世界の舞台で戦える人材。そのために私は何をするべきか。思うに、人間には強みと弱みがある。その人が持つ強みを生かす指導が的確にできるかどうか。それが私のテーマです」。 続けて、「アフター&ウィズコロナの時代、『白紙のキャンパスにデッサンする力』が求められている。世の中にゼロリスクなどない。覚悟を持って、新しいモノを作り出せるかが今こそ問われている」と締めくくった。
中国電力で陸上を引退した際、原監督はある人から「お前は落武者だ」と言われたそうだ。そんな原監督と秦社長の付き合いは20年にもおよぶ。置かれた場所はそれぞれ違えど、ふたりのまなざしはつねに「頂」を見続けている。
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