「私は陸上の原晋ではない。営業マンの原晋である。けっして元アスリートの原が勝ったのではない。営業マン時代に培ったノウハウによって、箱根で勝つことができたのだ」。自著『アオガク「箱根駅伝」制覇までの4000日」の前書きにそう記した青山学院大学体育会陸上競技部・原晋監督。昨年七月、秦建設のセミナーで講演。その後、年明けの箱根駅伝で総合優勝。そして今回一年ぶりに岡山へ。過去、現在、未来。原監督の脳裏に去来するものは…その真意に迫った。

その日、セミナー会場に集まった施主のほとんどは、一年前の原監督の講演を体験している。まさか一年後にあの箱根駅伝の優勝監督として再び岡山に戻ってくると何人が予想しただろうか。ただ周囲の興奮とは裏腹に原監督はいたってマイペース。優勝前も、優勝後もその大らかな気性は変わっていないように思えた。「そもそも私は箱根駅伝の監督としては異色の経歴。今も自分は営業マンであり、ビジネスマンだと思っています。だから私の人生はけっして特別な人生ではない。これまで私が経験してきたことは、誰の身にも起こり得ることばかりです」。

一年前のオセラでも同じことを書いたが、原監督は今までの指導者像とは一線を画している。客観的なデータや理論に基づいた指導法は、現代っ子の選手たちを納得させ、だからこそ彼らは心から信頼して練習に打ち込むことができる。とはいえ誤解なきよう言えば、スポーツもビジネスも成果を決するのは各人の情熱と勇気、胸に刻んだ覚悟ではないか。

安定した中国電力という懐を飛び出し、嘱託職員として妻と二人上京したのが原伝説の始まり。「最初は中国電力の出向として…なんてズルいことを考えていたんです」と笑うが、最終的には自ら退路を断って事に挑んだ原監督。今や名将として全国に名を馳せるが、自身がいうところの「落ちこぼれのサラリーマン」時代を知る人は少ない。そういった意味でも秦社長は当時の原晋を知る希少なひとり。

「逆境を自らの肥やしにして、さらなる道を進む原監督。原監督にも私たちにもゴールはなく、発展・成長への道はさらにさらに続いています。急がず、休まず、一歩一歩。学んでいきたいと思います」。

明るく快活な原監督の人がらにほだされてか、講演は終始笑い声に包まれた。陸上ひと筋ではない原監督だからこその視点。「人生で無駄なことは何もなく、身に着けてきたことはどこかで役に立つもの」という言葉にも感銘を受けた。察するに原監督とて、それまで指導者として経験が浅かったぶん、そこを補う努力も尋常ではなかったはず。テクニックだけでは人は動かない。不動産賃貸業も建設業も陸上競技も地道に日々を積み重ねるという点でなんら変わりはない。

最後に、原監督と微笑みながら固い握手を交わす秦社長。原監督が箱根駅伝で掲げた「ワクワク大作戦」は私たち一人ひとりの心のなかにもある。来年の再会を誓って、セミナーは終わった。

講演が終わると施主たちは満ち足りた表情を浮かべ、名残惜しそうに会場を後にした。その晴れやかな笑顔は、また明日から始まる「日々の営み」への覚悟と悦びに満ちていた。積み重ねてこそ人生。来年の箱根駅伝が愉しみでならない。